猫とビー玉

猫に振り回される幸せとドタバタ日常。自作のヘタ漫画をまじえて綴ります。

帰ろう

キャットウォークに上った猫

 

 

幼い頃、雲間から地上に差し込む金色の太陽の光を見て こう思った。
「私はいつか あそこに帰るんだ」

 

街の夕日


あの時感じたことが もし勘違いでないのなら、この世は仮の宿みたいなもので ホームは別のところにある、ということなる。

 

そこは暖かく安らかで、光に満ちた場所のような気がする。

この世の生を終えた者がみんな そんな場所に帰っていくのなら、見送るこちらの悲しさも和らぐ。

悲しむ人

階段を上る猫

天国への階段

アドバイス

気になる呼び声


上から見るこちら側は、どんな風に見えるのだろう?

見下ろす世界

 

 

藤井風の曲で「帰ろう」というのがある。
私は彼のファンで、なぜこの若さでここまで達観し 奥深い詩が書けるんだろう、と思いながらいつも聴いている。

彼の曲で好きなものは?と聞かれたら、真っ先にこの曲を挙げると思う。

 

www.youtube.com

 

ただ存在すること

 

カーテンの向こう

 

先日、久しぶりに チャンネル登録している藤井風のYouTubeを開いて、「Grace」のMVを観た。
風くんがガンジス川に入っていくシーンで、自分が30代の頃 インドに行こうと思っていたことを思い出した。



今でこそ 人生に勝ちも負けもないと思っているけれど、当時自分は負け組だと思っていた。

こんな面倒くさい世の中に、なんで人は生まれて死んでいくんだろ?生きてる意味ってなんなんだよ?と。

だからそれらしいテーマの本や映画を 手あたり次第読んだり観たりしたけど、答えには辿りつけなかった。

もしかしたら、死を理解すれば 生も理解できるんじゃないか?と思った。

インドには、どこかしら死を感じさせるものがあった。
ガンジス川ではいつも死体を焼いているし、死の手前ギリギリのところで生きている人たちもいる。

インドに行ったら、答えの尻尾くらいつかめるかもしれない。

そう思っていた矢先 私の父が余命宣告を受け、インドどころではなくなった。

父の死後、私は結婚、母の死、転職と、慌ただしい時期を過ごすことになり、インドへの想いはいつのまにか消えてしまった。

 

その代わり、猫との出会いがあった。

飼い主に捨てられて野良猫になり、外でたくましく生きていた猫を家族に迎えた。
それから猫は4年後に猫エイズを発症し がむしゃらに生きようとしながらも、天国へ旅立った。

 

ソファの上の猫
おむすび

 

 

そのあと譲り受けた保護猫には、生まれ持ったハンデがあった。
楽しいはずの仔猫時代には 頻繁に体調を崩して、通院や入退院を繰り返した。

やがてその猫も、空へ帰っていった。

 

愛しい猫

アオイ

 

 

私は、生きることにいちいち意味づけする必要なんてないのかも、と思うようになった。


だって、ただそこにいてくれるだけで 愛だったから。

 

 

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