大人になってからも「仔猫?」と言われるアオイの、仔猫時代。
時を遡ると、こんなに小さかったユズ。
今夜は3年ぶりの皆既日食、そしてスーパームーン。
たとえ今晩のように大きくなくても、幻想的な赤銅色じゃなくても、夜道を歩くとき無意識に月をさがしていることがある。
見上げるたびに、月は静かにこっちを見返しているような気がする。
宇宙は壮大、日常は狭小
ユーミンは悲しいことがあると卒業アルバムを開くと歌っているが、私は悲しかったりイライラしたりすると、宇宙の写真集を開く。
1章では地球からの距離数百光年から始まり、最終章では130億光年離れた銀河までたどり着く。
銀河系は130億歳なのだね。
眺めていると、これほど美しくて畏れ多いものがあるのか、という気持ちになる。
少なくとも、目の前の理不尽な世界は忘れられる。
私は往生際の悪い人間なので、時計を巻き戻して過去に戻ってやり直せたらと、叶うわけがないのに考えてしまうことがある。
宇宙の歴史から見れば、人が生きる時間は一瞬にもならない。
私が見えている世界の大きさだって、一片の塵でさえないんだろう。
なにかに悩むたび、こんなのは些細なことだと笑い飛ばしたいけど、どうしても目先のことに振り回されてしまう。
自分のこじんまりとした世界を生きるのは、それはそれでとても大変なこと。
だけどせめて今晩は、月を見上げて宇宙に想いを馳せよう・・。
瞑想する猫
猫の世界は、人間の行動する世界よりさらに狭い。
でもたまに、瞑想しながら別の次元を旅しているように見える。
以前、リビングに置時計を置いていた。
それは薄っぺらい時計なので、倒されていることがちょくちょくあった。
犯人は、たぶん(当時仔猫だった)ユズなんだろうと思った。
そこで私は、時計の置き場所を変えた。
テレビ台のガラス扉の中だ。
扉をぴったり閉めてしまえば、ユズも手を出せない。
その時計を大人になった今も、ユズがじっと見ていることがある。
なにがユズを釘付けにするのか?
動く秒針?
それとも秒針の動く音?
思わず、ユズに声をかけたくなる。
邪魔しないで、って言ってる?
ユズにはどんな世界が見えているのかな?
もう、気をひくのはやめておこう。
うちの猫は家から外に出ないし、たまに出ても大嫌いな病院に行くくらい。
そして関わりあうのは、私、三太、同居猫、時々ペットシッターさん。
家の中がすべて。
幸せになるか、不幸になるかは飼い主次第。
だからこそ、1日1日を大切に、ゴキゲンに過ごしてほしい。
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