猫とビー玉

猫に振り回される幸せとドタバタ日常。自作のヘタ漫画をまじえて綴っていきます

命の次に大切なものを落とした?!パリの警察に駆け込む

パリのッ凱旋門

友人のMさんとパリへ行った時のことだ。
Mさんと旅する時は基本的に別行動で、夜だけ待ち合わせて一緒に夕食をとるのが常だ。が、この日の朝私が「ミレーが暮らしていたバルビゾン村に行く」と言うと、珍しくMさんが「私も行く」と言うので、行動を共にすることになった。
 

いざバルビゾン村へ

バルビゾン村は、かつてミレーが暮らし「落穂拾い」「晩鐘」「種をまく人」などを描いたパリ郊外の田舎村だ。ミレーのアトリエや、バルビゾン派の画家たちが泊まっていた宿を改装した美術館などがある。
バルビゾン村に降り立つと、大都会パリの風景から一転、別世界に入り込んだようだ。
昔ながらの街並みは素朴で緑鮮やか、通り抜ける風は爽やか、詩のひとつやふたつくらい浮かんできそうだ(という気持ちになるだけで実際は、一切浮かばないのであるが)。
 
ひと通り堪能し、充実した時間を過ごした私たちは、またタクシーと電車を乗り継ぎパリのアーヴル=コマルタン駅まで戻った。
まだ夕食には時間があるので、ここでいったん解散しようということになり、夕食の待ち合わせ場所を決めて、プランタンの入り口で別れた。
 

ゆっくり買い物を楽しむはずが

 プランタンの1階でぶらぶらとショップを見て歩いていたら、さっき別れたばかりのMさんが、足早にこちらに向かってくるのが見えた。
なんだか険しい顔をしている。
 
Mさんは私につかつかと歩み寄るやいなや、開口一番こう言った。
「私のポシェット持ってない?」
え?なんでそんなこと聞くの?私が彼女のポシェットを持っているはずがないではないか。

私はMさんの言葉を理解するのにしばらく時間がかかった。
「ポシェット?」私はオウムのように繰り返した。
「そう、黒いやつ。パスポートと航空券が入ってるの」
私はMさんの頭のてっぺんからつま先までを、ジロリと一瞥した。
ない、どこにもない。
頭から血の気がひいていくのを感じる。
 

 

 

パスポートと航空券を落とした?!

「ええっと(動揺)、リヨンまでの電車の中では持ってましたよね」と私。
「そう、それは覚えてる」と、てきぱきと答えるMさん。
「ここに来るまでのどこかで落としたってことですよね」と私。心の動揺は収まる気配がない。
「どこで落としたんだろう?」とMさん。
 
Mさんは海外経験豊富なキャリアウーマンだ。仕事で海外出張にもよく行く。
そんな彼女が大切なパスポートの入ったポシェットを落とした?
私のなかでしつこくクエスチョンマークが点滅する。
 
ここからリヨンまでの道のりを折り返して捜そう、ということになり、そこから私たちは手当たり次第、デパートの店員やら地下鉄の駅員やらに落とし物が届けれれてないか聞いて回った。
けれども誰もが首を横に振るばかり。キオスクのオバチャンに至っては、こちらが話しかけた途端、手を振ってシッシッと追い払う仕草をする。
英語で話しかけたからなのか、私が日本人だからなのか、理由はわからないが、とにかく冷たすぎるんじゃないの?

それまでキラキラと輝いていたパリの街並みはどんよりとかすみ、気の重くなるような灰色に変わっていたのであった。
 

初めて経験 海外の警察に駆け込む

 地図とにらめっこしていたら、リヨン駅までの途中に警察があることがわかった。
私たちはかすかな希望を抱いて、途中下車して警察に寄ることにした。

パリの建物はどれも重厚で歴史を感じさせるが、私たちが行った警察署は簡素で味気ない建物だった。
受付で落とし物をしたことを告げ、待たされることもなく奥へ通された。
 
には二人の男性警察官がいて私たちを迎えた。
二人のうち一人が切り出した。「旅行で来たの?」
ラフで気楽な雰囲気だ。なんだか温度差を感じる。
こっちは明日の帰国がかかっているのだ。真剣そのものなのだ。
 
椅子に座り少し気持ちも落ち着いてきて、その警察官の顔をよくよく見てみると、すごくイケメンである。年齢はは30歳くらい、細身で顔はシュッとして優しそうだ。年上の女心をくすぐりそうなタイプ。
Mさんもそのイケメンさに気づいたのか、さっきまでの必死な形相は影をひそめ、心なしか笑顔さえ浮かべている。
今日までどこを観光したか、などという会話をしたあと、やっと調書のようなものがテーブルの上に出てきた。
いよいよ届出書の作成に取りかかるのね、待ってました!と思ったのも束の間、そのイケメン、今度は「君のそのシャツの色はマリンブルーかな?」なんて言っている。
彼女は笑顔で「そうじゃないわ、ネイビーブルーよ」と返している。
楽しそうである。
私は心のなかで、ブルーの話なんかどうでもいいから早く本題に入ってくれ、と思っていたのだが、その顔が緊張しているように見えたのか、それをほぐそうとするかのようにイケメンが私にやさし気に微笑みかけた。
やはりなんと言っても相手はイケメンである。思わず私もニッコリと笑顔を返したのだった。
 
結局彼女のポシェットは届けられていないことがわかり、気を落とす私たちにイケメン警察官は「届いたらすぐにホテルに連絡するからね。じゃあねえ」と私たちを送り出したのであった。
 

最後の頼みの綱 リヨン駅で

また私たちは地下鉄に乗り、リヨン駅まで急いだ。
着くとインフォメーションへと直行だ。
 
インフォメーションには人が並んでいた。何をするにも長い行列ができているのは都会であればどこも同じである。
じりじりしながら、不安な気持ちで順番を待つ。
ここになかったら、私は明日ひとりで帰国しなければならない。個人旅行なので引率などない。正直言うとひとりは不安だった。
 
順番が回ってきて、Mさんが「黒いポシェットを落とした。届けられてないか?」と言うと、カウンターの中のおじさんが品定めするような目でじっと彼女を見て言った。「どんな大きさ?」
私はこの時、見つかった!と思った。
Mさんが手で大きさを示すと、おじさんは席を立ち、奥へ入っていった。

「あるんじゃないですか?」と、確信9割、不安1割で私が言う。
「あるといいけど」とMさん。
そして奥から出てきたおじさんの手の上には、捜し求めていたMさんのポシェットが神々しく鎮座していたのである。
 

灰色のパリはまた輝きを取り戻した

 私は小躍りするように喜び、Mさんは安堵で力が抜けたようになった。

この物騒な街で、貴重品の入ったカバンが中身を抜き取られることもなく戻ってきたのは奇跡だった。
聞くと、駅員が電車の座席でこれを見つけたらしい。
良い人もいるんだね、と言い合いながらリヨン駅をあとにし、祝杯をあげるために再び街へ出ていった。
 

バリの寺院

 
街はもう重く沈む灰色ではなかった。
街燈がまばゆく輝きにぎやかに人々が行きかう、いつもの華やかな街並みに戻っていた。