猫とビー玉

猫に振り回される幸せとドタバタ日常。自作のヘタ漫画をまじえて綴ります。

爪とぎとランチとNY

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爪とぎの上にて

 

寛容であるには、自分が理解できないものも受け入れる心が必要ですね。
これがけっこう難しかったりします。

 

猫も見せる寛容さ?

 

青たんのお気に入りの爪とぎ。

 

御気に入り

 

ほとんど青たんの独占状態。

 

ひとり占め


ユズが道場破りにきたよ。

 

主張

 

流れる険悪な空気。

 

睨み合い

 

 

そこで、青たんが乗っていない時にやってきたユズ。

 

爪とぎと猫

 

邪魔者はいないと思いきや・・

駆けつける猫

 

やっぱり邪魔します。

 

猫の主張

 

ユズ、とうとう強硬な態度に出ました。

 

頭突きならぬ鼻つき

 

頭突きならぬ鼻突き?

 

しぶしぶ降りる

 

ユズに譲ることにしたようです。

 

見せかけ

 

去ったと見せかけて再度舞い戻るのは、青たんの常套手段なのです。

 

 

このあとまたひと悶着あって、青たんはユズを置いてどこかに行っちゃいました。
「使ってもいいよ」ってことかな。
寛容さなのか はたまたどうでもよくなったのか、わかりませんが。

 

残されたユズは・・・

 

待っている猫


結局乗りませんでした。

もしかしたら、青たんとワチャワチャやり合いたかっただけなのかもしれません。

 

 

膠着状態

 

感覚は人それぞれ

 

以前 職場の女子社員と一緒にランチを食べていた時、こんな会話があった。

 

同僚A「私さ、そこらへんの変なオトコとチューするくらいなら、女の人とした方が全然いいと思うんだよね」
同僚B「わかる!私も酔っ払った時に女の人とチュッとしたことあるよ」

 

私はこれを聞いて、けっこうなショックを受けた。
私自身は、そこらへんの変なオトコとも 女の人とも、どちらも固辞したいと思ったから。

そして思った。
人の感覚ってそれぞれ違うものなんだな、と。

 

NYのプラザホテルで

 

NYには何度が行ったことがあって、泊まるホテルはいつもプラザホテルと決まっていた。
高級ホテルだけど、高い分だけ安全が保証されていると思えたからだ。

 

プラザはセントラルパーク近くの老舗ホテル。
オーナーがコロコロ変わったホテルでもあり、前大統領ドナルド・トランプが所有していた時期もあった。

 

レストランには「華麗なるギャッツビー」の作者フィッツジェラルドがいつも座っていた と語り草になっているテーブルがあって、誰も座っていないその椅子を眺めがら朝食を食べたものだった。

 

そんなプラザで、部屋にチェックインしてみたらベッドがダブルだったことがある。
旅の連れのMさんと私は友人同士で そういう仲じゃないので、すぐにツインの部屋に替えてもらった。

女性同士だと、頼んでもいないのにこういう対応をされることがあるんだと カルチャーショックを受けた。
当時はもちろん、今の日本でもあり得ないことだろう。

 

日本は型にはめることが好きだ。
はまってないと、ハブられたりすることもある。
プラザでの話は20年以上前だから、今の日本は 多様性を受け入れる社会としてNYより 最小に見積もっても四半世紀以上の遅れをとっていることになる。

 

日本は己を先進国だと豪語する前に、個々の生きやすさや幸せを重視できるおおらかさを身につけるのが先なのでは、と思うのだけど。

 

窓辺の猫

 

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