今回は「えびね」こと私が、愛猫おむすびと出会ったときのお話をします。
もとはノラネコで近所をうろついていたおむすび。
私は、そんなおむすびに全く無関心でした。
飼うなら犬と猫、どっち?
私は常々飼うなら犬だと思っていた。
コーギーかジャックラッセルテリアがいい、私がそう言うと夫の三太(さんた)が、いやいやボーダーコリーでしょ、などというやりとりをよくしたものだ。
とにかく、猫には全く興味がなかった。猫好きの方には怒られるかもしれないが、可愛いと思ったことさえなかったのだ。
今考えると信じられない。今の私は猫の可愛さが最強だと思っているのだから。
うろうろするアメショーとはなんのこと?
夫の三太が「最近さぁ、近所でアメショーみたいなのがうろうろしてるね」と言った時、猫に無知だった私は即座に、え?何それ?と聞き返した。
三太はしばらく沈黙して「アメリカンショートヘアだよ。・・・猫だよ、猫」
私「そのアメリカンなんとか?って、どんな猫?」
私「そのアメリカンなんとか?って、どんな猫?」
私が知っている猫種といえばゴージャスの代名詞のように言われていたペルシャぐらいだったので、結局三太に説明されても明確なイメージは浮かばなかった。
なんとなく頭の隅でトムキャットとおまけのジェリーがうろついて、その会話は終わった。
なんとなく頭の隅でトムキャットとおまけのジェリーがうろついて、その会話は終わった。
初めてそのアメショーとやらを目にした
その猫を見かけたのは、それから数日後のことだった。
うちから200mほど先のKさん宅の前で、その猫はこれから用事があるような、とは言え急ぐでもない様子で歩いていた。
グレー地に黒い柄、腹には目のマークみたいな模様があった。飼い猫だったのか、青い首輪をつけていた。よく似合っていたが、何か違和感があった。
きれいな水色の首輪と、ちょっと乱れた毛並みや痩せた体がアンバランスだったのだ。
うちから200mほど先のKさん宅の前で、その猫はこれから用事があるような、とは言え急ぐでもない様子で歩いていた。
グレー地に黒い柄、腹には目のマークみたいな模様があった。飼い猫だったのか、青い首輪をつけていた。よく似合っていたが、何か違和感があった。
きれいな水色の首輪と、ちょっと乱れた毛並みや痩せた体がアンバランスだったのだ。
数週間もするとその首輪もとれ、野良猫の風格を漂わせ始めたその猫は、Kさん宅脇のプレハブ事務所の軒先を間借りするようになった。
小さな屋根の下に赤いバスマットが置かれ、穏やかな日にはそこで昼寝をしているのを時々見かけた。風のない日の雨はしのぐことができるものの、悪天候の日は屋根も役に立たないのだろう。猫の姿は見えず、別の場所に避難しているようだった。
私は前述したように猫に興味がない人間だったので、立ち止まってかまうようなことはしなかった。
これが仮に猫ではなくて犬だったとしても同じ態度をとったと思う。
私には情が移ったら最後、とことん愛情を注いでしまうという厄介な癖がある。
相手が犬だろうがなんだろうが、飼わないなら情をかけることは私にとって禁物なのである。
この時は、まさかこの猫との出会いが私の人生の宝物になるなんて、夢にも思っていなかった。
今では、この猫が登場しない自分の人生はちょっとあり得ない。
それくらい、私にとってこの猫は後々かけがえのない存在となったのである。
今では、この猫が登場しない自分の人生はちょっとあり得ない。
それくらい、私にとってこの猫は後々かけがえのない存在となったのである。