遠い記憶
私の実家は吹けば飛ぶような家だったので、台風がくるとトタン屋根に打ちつける雨音が響き、雨戸はガタガタ揺れ、家はミシミシと鳴った。
それでも幼い私は怖くなかった。
ここにいれば大丈夫、と思っていた。
やがて、親はスーパーマンでもなんでもなくて普通の人間なんだと気づいた。
その頃から、台風でガタガタ言う家をすごく怖いと感じるようになった気がする。
怖くなかったのは、たぶん自分が無知だったから。
そして、親が絶対的に強い存在で、自分をどこまでも守ってくれると信じていたから。
なんの根拠もない。
ただ信じてただけ。
自分を100%守ってくれる存在などないのだということに気づいて、もう何十年が経つけど、あの頃の守られているという感覚を、最近になって思い出すようになった。
自分の枕を抱えて父や母の寝床に潜り込んだ時の安心感は、今でも鮮明に甦る。
いくら欲しくても、もう絶対に手に入れられない感覚。
私も焼きがまわったのかな。
根に持たない猫
ユズはあまり根に持たない猫だ。
うっかり尻尾を踏んでも、あまり恨みがましい顔をしない。
踏まれたことなんてすぐ忘れて、ゴロゴロ言う。
ウェットフードの日は、ユズの歯磨きの日だ。
ユズは奥歯を何本か抜いている。
ユズの異変に気づいたのは、カリカリを丸呑みするようになった時だ。
お口のにおいも気になっていた。
寝場所に色のついたよだれも残すようになった。
病院に連れていったら、「破歯細胞性吸収病巣」という歯が溶けていく病気だと言われた。
体質的なもので、若くてもなるという。
これ以上抜かないで済ますにはどうしたらいいですか、と医師に尋ねたところ「いつかは抜くことになると思いますが(何をしても予防はできない?)、進行を遅くするには歯磨きに勝るものはありません」と断言された。
だからユズの歯を残すため私たちは心を鬼にして、2日に一度は歯磨きを決行している。
不穏な空気を察知すると、さすがに逃げる。
でも追いかけっこをしているうちに捕まってくれる。
猫用歯ブラシは大きすぎるので、人間用の歯間ブラシを使っている。
小さいので、口になにかを入れられる精神的負担は減るような気がする。
歯磨きが終わると、ユズは急いでその場を離れる。
いい子だった日も、いい子じゃなかった日も、三太がすぐに褒めてあげる。
ユズはすぐに機嫌を直して三太にスリスリ。
次に私が褒める。
尻尾を上げて、ゴロゴロ、ゴロゴロ・・。
イヤがるけど、歯磨きさせてくれるユズ。
ユズは、私たちを守ってくれる存在、信頼できる存在だと思ってくれてるのかな。
暖かくなったとはいえ、ユズが私たちのフトンに潜り込んでくる日は当分続きそうだ。
私がとうの昔に失くしてしまったあの安心感を、ユズにはずっと感じていてほしい。
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