猫とビー玉

猫に振り回される幸せとドタバタ日常。自作のヘタ漫画をまじえて綴っていきます

伊勢・高野山3 室生寺と飛鳥寺

伊勢神宮を早朝参拝したあとは、レンタカーで高野山に向かいがてら、奈良の室生寺と飛鳥寺に立ち寄った。
どちらも以前行ったことがある寺だが、かねてからもう一度行きたいと思っていたのだ。

 室生寺


室生寺に着くと、カエデがとてもきれいに紅葉していた。まさか紅葉しているとは思っていなかったので、サプライズプレゼントをもらったみたいで得した気分だ。

 

室生寺

 
夫が受付に「大人ふたり」と告げて拝観料を支払おうとしたら、受付の人が「あの女性二人はご一緒じゃないんですか?」と聞く。
見ると、確かに2m先に60代とおぼしき女性二人がいて、どうやら出口を逆行して入館した模様。夫はきっぱりと「全く知らない人です!」と言い放つ。

それを受けた受付の人は「まあ!」と言ってソワソワするものの、腰を上げようとはしない。受付には二人いるんだから追いかけたらいいじゃん、と思うのだが、どうやら見逃すことにしたらしい。これも釈迦如来のお慈悲であろうか?(そんなわけないか)
 
金堂までの道のりを紅葉を楽しみながらゆっくり歩いた。
途中で、イチョウの葉っぱがハートのかたちにきれいに掃き整えられていた。筆(この場合はほうき?)に迷いがなく、あれこれいじった形跡もなく、一気にさくっと作成されたように見える。
 

落ち葉

 
境内を歩いていると夫が言う。「あっ、あの二人だ」
例の無賃拝観のオバサマふたりが、おしゃべりに興じながら歩いている。声が大きいので、話していることが筒抜けだ。

私たちは急いでオバサマがたを追い越して、金堂の階段を登った。
金堂は堂内の仏像を見ようとする人たちで混みあっていた。仏像は釈迦如来、十一面観音、地蔵菩薩、薬師如来、文殊菩薩、そして十二神像。お坊様が仏様の説明をされていて、その間にどんどん人が増えていく。

ちょうど端の方に一人分のスペースがあいたので、遠慮がち(のつもり)に覗いて見ていると、例のオバサマのひとりがぐいぐいと割り込んできた。うっ。もうひとりのオバサマに向かってコメントまでしている。ううっ。
なんだか、気がそがれたので奥へ移動した。私は移動しますから、オバサマがたはそこでゆっくりと見てて下さいよ。
お坊様の説明が終わり、人が少しずつはけ始めた。これで落ち着いて見ることができる、と思ったが甘かった。なぜが私の後を追いかけるように、オバサマたちも移動してきたのである。うううっ。
オバサマふたりから逃げるようにして、金堂をあとにした。

もっと近くで見られたら良かったのにな、と思っていたら、夫が「この前来た時は、もっと近くで見れたよね」と言う。
夫は私より記憶力がいい。テレビの旅番組を見ていると「この道、通ったよね」「ここ行ったよね」とよく言うのであるが、ほとんど私の返事は「そうだったっけ?」である。
ここでも当然のように、私の返事は「そうだったっけ?」であった。
「もしかしたら心無い人がいてさ、おかしな挙動をしたのかも」と、まだそうだったっけ?を心の中で繰り返すことに忙しい私に、夫は言う。
とりあえず私の記憶力問題はペンディングにして、ふたりして勝手な想像で、そのおかしな挙動の具体例をあげつつ、五重塔へ向かう。

おっと、また目の前にあのオバサマたちが現れた。あったかどうかもわからない挙動について話しているうちに追い越されたらしい。
オバサマたちは相変わらず声が大きく「そんなことしてはるの?!」などと会話しながら階段をのぼっていく。うらやましいくらいパワフルだ。
最近めっきりパワフルさを失っている私は、奥の院へ行くのはやめた。あのきつい階段は、1回行けば充分だ。私たちはそこで引き返したが、オバサマたちは奥の院へ向かったようだった。

駐車場へ戻る道すがら、夫が言う。「あの二人、拝観料払わないで入るなんて信じられないよな」
「うーん、もしかしたらおしゃべりに夢中で受付に気づかなかったのかもよ」と私。もちろん庇うつもりは全くないのだが。

夫の、公共の場でおしゃべりに夢中になる女たちへの視線は厳しい。飲食店に入り、話で盛り上がっている女性たちがいたりすると、「全く・・」という顔をしている。
「だけどさ、女はそういうものなんだよ。私だって女友達とお茶したらあんな風に話してるよ」と言うと夫は「やっぱりね。全く・・・」という表情だ。
そりゃ、ちょっとうるさいかもしれないけどさ、と思う。カフェで話し込む女性たちは大声で話してるわけでもない。でもやっぱり迷惑?まぁ確かにうるさいと思うことはあるよね。私も現に思ったことあるし。
確かに、今日のオバサマたちはうるさかった。

とにかく、受付をスルーするほどおしゃべりに夢中になってはいけないということは、改めて肝に銘じた。私や夫のような人間から、「あ、無賃拝観の人だ」という目でいちいち見られる羽目になるからである。
拝観料を支払わないこと自体は、言うまでもなく論外だが。
 

 

 

飛鳥寺

 
飛鳥寺は日本史でお馴染み、蘇我馬子によって創建された日本最古の寺である。
 

飛鳥寺


飛鳥大仏を初めて見たのは中学の修学旅行の時だったと思うが、全く記憶がなく(そのころは興味もなかった。寺や大仏に興味のある中学生がどれくらいいるのだろうか?興味がなければ忘れてしまうものだ。当時の修学旅行や遠足の行き先の多くが、神社仏閣だったことには甚だ疑問である)大人になって訪れて、初めてその力強く凛々しい顔に圧倒された。

ここでは、参拝者が大仏様の前に座って、お坊様の説明を聞く。
え?この大仏様は当時と同じ場所に安置されているって?この付近の土を掘れば、当時の遺跡が出てくるって?(ローマみたいに掘り起こさないのね。)
当時と同じ場所にこの大仏様がおられたというのは、感慨深い話だ。当時の人たちも今こうして私たちが座っているこの場所で、手を合わせていたということになる。なんだか不思議な気がする。
それにしても、今はこんなにのどかなこの場所が、日本の都として賑わっていたは・・・と、前回来た時と全く同じところでしみじみとする。
 
境内から歩いて1分くらいのところに蘇我入鹿首塚がある。
お坊様のお話によると、中大兄皇子に暗殺された蘇我入鹿の首がここまで飛んだ、とも言われているらしい。
しかし実際足を運んでみると、そんなおどろおどろしい話には似つかわしくない、おだやかな田園風景が広がっている。
 

首塚から見た飛鳥寺

首塚から見た飛鳥寺
時間が押していたので、名残惜しい気持ちで飛鳥寺をあとにした。
駐車場の向かいにあるお蕎麦屋さんから、ちょうど人が出てきて歩いてくるのが見えた。前回はあそこでお蕎麦を食べたっけ。素朴で美味しかった。
食べ物のことは結構覚えている私なのであった。
うーむ・・・。
 
 伊勢・高野山4に続きます

 

 

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