猫とビー玉

猫に振り回される幸せとドタバタ日常。自作のヘタ漫画をまじえて綴っていきます

もう一度読みたい本 『一人で生きる勇気』ドロシー・ギルマン

 

本と花

 
独身時代、私が未来の理想像として描いていたのは「自立した女」だった。
経済的にも精神的にも、誰にも依存することなく強く颯爽と生きる女だ。

 

  若いころの自分は 

誰かと付き合い始めると彼氏の優先順位がなにより一番高くなる、という人がいる。私にはそれが全くなかった。
なので「ホントにおれのこと好きなわけ?」などと聞かれようものなら、えっ?それってまるで自分が一番じゃないと嫌だみたいに聞こえるけどそんなことないよね?それ以前に私あなたが一番って言ったことあったっけ?ないような気がするけど、ないよねぇ?聞いたことないでしょ、ないんだよっ!とまでは言わないものの、とにかく可愛くない女であった。
 
おそろしいことに若いころの私は、自分には誰にも依存せずに生きていける強さや力があると思い込んでいた。
これが大きな勘違いだということに気づいたのは、20代ももう終わろうという頃だった。
 
私は昔から「傷つく」ということにとても臆病だった。自分が傷つくことはもちろん、人を傷つけるのも怖かった。
それでも、知らず知らずのうちに、たくさんの人を傷つけてきてしまったと思うけれど。もっとひどいことに、傷つけるのは怖いと言いながら、憎しみから生じた衝動に駆られて、意図的に傷つけたこともあったと思う。

そう言えば、ERというドラマの中で、アンソニー・エドワーズ演じる医師のマーク・グリーンが「僕はずっと、傷つくのを怖がって生きてきたんだ」と言って泣くシーンがあって、思わずもらい泣きしたことがある。
 
誰にも依存したくないという気持ちは、多分この極端な臆病さが大きな要因のひとつになっていたと思う。
これは自分でもあまり認めたくない事実だったので、ずっと気づかないふりをしていた。
だってそれを認めたら、自分の弱さを認めることになる。
失うのがこわいんじゃない。
失うくらいだったら最初から持たなくていいなんて思ってない。
私は自立心が強いだけなんだ。
でもこの本を読んで、もうこれ以上気づかないふりはできない、と思った。
 

 

 

この本の魅力

 白い窓と植木鉢
 
 この本の作者はドロシー・ギルマン、「おばちゃまシリーズ」で有名なミステリー作家だ。(「おばちゃまシリーズ」は読んだことがない)
この本は、作者が離婚し女手一つで育てた二人の息子が独立したあと、アメリカの都会からカナダの見知らぬ海辺の土地へ移り住んだ時の記録だ。
その新天地で、作者は都会での暮らしとのギャップに戸惑い、思考し、発見していく。そして、それまでの長い人生の中で自分を縛りつけていた様々なものを脱ぎ捨て、自由を得て、本来の自分と向き合っていくという話だ。
 
20年ぶりにこの本を開いてみたら、付箋が貼ってあって驚いた。私は本のページを折ったり、線を引いたり、付箋を貼ったりすることがほとんどないからだ。
そこにはこんな文章があった。
 

私たちは不変なものを求めて、その中でどんどん速く動くのだ。変化がもたらすものに嫉妬し、不変性に腹を立てる。それはきっと、わたしたちの奥深くに埋められた認識のせいだ。それは、いつか最終的な変化が起きて、わたしたち全部を地球の表面から払い落してしまうという認識である。

出典元:『一人で生きる勇気』ドロシー・ギルマン 著

 

当時の自分の中にあった恐れが、この文章にぴったりマッチしたのだろう。
そしてこの頃から、少しずつ自分の中の臆病者を捨て始めた気がする。
が、いまだに捨てきれてはいない。
だから、この文章はまだ心に痛い。
 
孤独と自由の中で、自分の足で立つ。
長く暗い夜が更けて、じわじわと空が白みはじめ、差し込んでくる朝の光の明るさと温かさを全身で感じるような希望が、この本にはある。

読みながらしみじみと「良書に出会えた幸福感」を味わえる本だ。
 

 

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